集英社版『人物中国の歴史』について

このシリーズ、地味な中国史の評伝列伝なのだが意外と役に立つので紹介したいと思う。
後に集英社文庫にもなったのだが、ネット上にはほとんど情報がないので。

集英社版『人物中国の歴史』
編集委員:尾崎秀樹・駒田信二・司馬遼太郎・陳舜臣・常石茂
(二人以上が一つの章で扱われているいわゆる合伝[ごうでん]は中点を付けず、
斉の桓公などの「の」は全て略した)

1、大黄河の夜明け 周公旦・褒姒・斉桓公・晋文公・楚荘王・孔子・伍子胥
2、諸子百家の時代 墨子・予譲ジョウセイ・呉子孫子・商鞅・蘇秦張儀・孟子・荘子
3、戦国時代の群像 楽毅田単・屈原・戦国四君子・呂不韋・荀子韓非子・荊軻コウゼンリ
4、長城とシルクロードと 始皇帝李斯・陳勝呉広・項羽劉邦・呂后・司馬遷など
5、三国志の世界 光武帝・班固など・曹操・諸葛亮姜維・曹丕曹植・阮籍ケイコウ
6、長安の春秋 陶淵明・隋煬帝・唐太宗・玄奘三蔵・則天武后・玄宗楊貴妃・李杜
7、中国のルネサンス 朱全忠・宋太祖・王安石司馬光・欧陽修蘇軾・朱子陸象山・ジンギス汗(元太祖)
8、落日の大帝国 フビライ汗(元世祖)マルコポーロ・洪武帝(朱元璋)・鄭和・王陽明・万暦帝・元末四大家
9、激動の近代中国 ヌルハチ(清太祖)・李自成呉三桂・鄭成功・康煕帝雍正帝・林則徐・洪秀全・西太后
10、人民中国の誕生 孫文・袁世凱・蔡元培・魯迅・蒋介石・梅蘭芳斉白石・朱徳・毛沢東・周恩来
別巻 故事と名言でつづる中国史

見て分かる通り、「なんか聞いたことないなあ」という人が入っている一方「なんでこの人が入ってないんだ」
というのもあり、著者により質がものすごく良かったりものすごく悪かったりして玉石混交である。
私はだいたい読んだが、とりあえず中でよかったのを上げてみたい。

・周公旦(白川静) 文句なしの超ビッグネームである。白川著作集にも同じものが入っている。
・朱子陸象山(野口武彦) わかりにくい朱陸の争いを対談形式にしており大変わかり易い。
・洪武帝(寺田隆信) さすがに大家の作だけ有り大変わかり易い。
・王陽明(宇野茂彦) 冒頭がカッコイイ。

まあ、「曹操」の項で全部三国志演義を丸写しにした某作家もいたのだが…そういうハズレ系の章もある。
だいたい学者が書いた章は出来がいいが小説家が書いていると、あっ(察し みたいのが多いことは否めない。
スポンサーサイト

倉山満『嘘だらけの日中近現代史』の誤りについて(1)

倉山満『嘘だらけの日中近現代史』(扶桑社新書)という本が売れているようだが、
この本には多くの誤りや疑問箇所があるようである。

この本は、「日本の中国研究者が書けないタブーを書く!嘘つきチャイニーズによる
プロバガンダの手口をバラす!」と帯に書かれているのだが、私が見たところ、
内容が余りにも間違いだらけであるようだ。

この本にはアマゾンではほとんどが肯定コメントをつけている。
これを見て私は、「ああ、批判を受けつつ、中華思想に抗ってきた、桑原隲蔵(じつぞう)先生(※1)、
宮崎市定先生(※2)、高島俊男先生(※3)のような、先哲の学問の遺産は受け継がれていないのだな」
「斯道、ここに滅びんとしているのか」と嘆きたくなった。

目についたところだけ、ポツポツと批判したいと思う。

1、「中国史は繰り返す」?!いや、どこが繰り返しなんだ?


 倉山氏は、以下のように言う。(14ページ)
「中国史のパターンを図式化してみましょう。」

「一、新王朝成立
二、功臣の粛清
三、対外侵略戦争
四、漢字の一斉改変と改竄歴史書の作成
五、閨閥、軍閥、官僚など皇帝側近の跳梁
六、秘密結社の乱立と農民反乱の全国化
七、地方軍閥の中央侵入
八、一に戻る」

というのだが、これ、全然中国歴代王朝は繰り返していないんだよなあー。
そもそも倉山氏が例としてあげているのは秦漢2王朝に過ぎない。
実は、これらの道筋をきちんと踏んだ王朝など秦漢2王朝以外にほとんど存在しないのである。

もっといえば、ここに出てこない要因で滅亡した王朝のほうも多いのである。要するに他の王朝や異民族に攻められて滅ぶのである。
 
他の王朝を上げてみよう。倉山氏の上げた王朝滅亡要因を、どれだけの王朝がちゃんと法則を踏んだかというと、
踏んでいる王朝のほうが少ないのだ。これ、歴史法則といえるのか?
三国魏 1→5→7(司馬氏に乗っ取られ滅亡)
西晋 1→5(異民族の匈奴[漢]に攻められ滅亡)
東晋 1→5→7(軍閥により滅亡)
北魏 1→4→7(東西分裂)
南朝劉宋 1→5→7(軍閥により滅亡)
南斉 1→5→7(軍閥により滅亡)
陳 1→5(隋に攻められ滅亡)
隋 1→5(唐により滅亡)
唐 1→3→4→5(武韋の禍)→7(安史の乱)→5→6(黄巣の乱)→7(滅亡)
北宋 1→5(金により滅亡)
南宋 1→5(元により滅亡)
大元 1→3→5(明により滅亡)
明 1→2→3→4→5→6(李自成に攻められ滅亡)

と、見事なまでに倉山氏が上げた1~8を全て繰り返した王朝がないのである。途中までちゃんとやってるのが明ぐらいしかないぞ!法則として成立してるのか?

なぜかといえば、倉山氏の中国史認識は実は三国志演義の冒頭で羅貫中が示す史観に似ており漢朝以外にはこの図式は綺麗に当てはまらないのだが、それを無理やり当てはめたので実に変なことになっているのである。

2、おかしな中国王朝滅亡の要因


倉山氏が上げる王朝滅亡要因も、いずれもオイオイと言いたくなるものである。
まず、「二、功臣の粛清」だが、こんなことが出来たのは実は皇帝権力が非常に強い時だけであって、特に中世中国でそんなことをしたら、逆に皇帝が殺されたであろう。倉山氏は中国中世の貴族制度を何一つ分かっていないようだ。東晋の皇帝を見るがいい、まともに家臣に指図できた皇帝のほうが少ないのだ。

それから「三、対外侵略戦争」もちゃんと出来た王朝はとても少ないのだ、漢・唐・元・明・清以外にまともに出来た王朝はない、東晋・北宋は失地回復すら出来ず、北魏も一度大きくなってからはやっていないのも同然である。

さらに「四、漢字の一斉改変と改竄歴史書の作成」に至っては噴飯物である。倉山氏はこんなふうに言っている。『中国の歴史を習うと、「皇帝が辞典(ママ)の編纂を行った」とする記述がありますが、あれは本当に言葉を変えているのです』(p20)この辺り長いので要約すると、「文字を使う中国は文字を持たない北方民族より弱いので、歴史を改ざんして、いじめられっ子がネット番長になるように陰口をたたいた。漢の劉邦は漢字を決めた。王朝ごとに辞典が編纂され言葉が代わった。歴史書も前の王朝のものを悪しざまに書いたものが後継王朝により作られる」というのだが、

これ、本当に学者が書いた本なのか?高校世界史レベルでも反証がどんどんあげられるんだけど。

まず北方民族は字を知らないという認識そのものが言語道断である。この倉山さんは女真文字、西夏文字、契丹文字、元のパスパ文字を知らず、魏収『魏書』や『元朝秘史』を知らず、薩都剌や耶律楚材を知らず、西田龍雄氏ら日本の学者の業績を知らないのだろうか。北方騎馬民族もどんどん漢化されて自国の文字を作るものも有れば、漢詩漢文に熟達して史書や詩文を著すものも大勢居たのである。さらに言えば、それらの多くは中国大陸では余り評価されず、日本の東洋史学が先んじているものも多いのである。例えば、西夏文字解読に成功したのは日本人の西田龍雄氏であるし、魏収『魏書』も本国で不当に評価されていたのを日本人の塚本善隆氏が再評価したのが研究の端緒である。「日本の中国研究が書けないタブー」を書こうとするほどの人がなぜそういう初歩的認識がないのであろうか。残念でならない。

私は倉山さんが言った「劉邦が作った漢字」「始皇帝や劉邦が作った辞典」なるものを是非見たいものだ。そんな話は聞いたこともない。

まず漢字の字体の変遷を通説に従ってあげると、秦の始皇帝が小篆を作ったのは事実なのだが、漢の隷書は伝説では秦の程邈なる無名の人の作であると言い、小役人の間で勝手に出来たものであるとされる。劉邦とは縁もゆかりもない。後漢末に出来た楷書も皇帝と縁もゆかりもない。伝説では王次仲なる人物の作だという。草書や行書もまた同じ。強いて言うなら後漢の章帝が草書の元を作ったという伝説が有るぐらい。藤堂明保氏は「実務に携わる底辺の役人たちが、能率を良くするために考えだした現場の知恵」(『中国の文字とことば』)としている。そもそも倉山氏の話が正しいのなら、王朝ごとに漢字が違うことになり、漢文などほとんど読めないはずである。

勅撰の辞典の方も噴飯物だ。だいたい、『爾雅』『釋名』『説文解字』『切韻』は何時勅撰になったのだろうか。『切韻』のことぐらい師匠の岡田英弘さんにでも聞いてほしいものだ(鮮卑人陸法言ほかの選)。勅撰の辞書なんか北宋の『広韻』、明の『洪武正韻』、清の『康煕字典』『佩文韻府』等以外にあるんでしょうか?(元の中原音韻は私撰)ほとんどの王朝がやっていないことをあたかも中国歴代王朝を貫く法則みたいに良く言えたものだ。

史書の方は一々言うまでもないが、後漢書がだいぶ後の南朝宋の完成だったり、後の王朝が直近の王朝の史書を書けたほうが少ないのである。

(※1)桑原隲蔵(じつぞう)…明治3年12月7日(1871年1月27日) - 1931年(昭和6年)5月24日)、
京都大学教授。「支那人間に於ける食人肉の風習」「支那人の文弱と保守」「支那人の妥協性と猜疑心」
など、中国史に対する批判的研究で有名。宮崎市定の師匠。司馬遼太郎は桑原を褒め称えて、
「人喰いの歴史を追求したので中国人からは大変いやがられましたが、実証ということほど大事なことが有るでしょうか」
[要約](司馬遼太郎講演集)としている。

(※2)宮崎市定(みやざき・いちさだ)…1901年(明治34年)8月20日 - 1995年(平成7年)5月24日)。
戦後日本を代表する東洋史学者。東洋史で数多くの業績があるが中国政府に対して批判的な立場も取り、
「南沙諸島の領有権を主張する中国を叱る」という文章もあるほどである。中国共産党では「反動歴史家」と
言われて論文の訳も「高級幹部・専門家向けの読み物」として一般の読書を一時期禁じていた。

(※3)高島俊男(たかしま・としお)…1937年1月16日ー。中国文学者。前野直彬門下。「『支那』は悪い言葉だろうか」などの論考で有名。「中国の王朝を倒すのは多数の流民をひきつれた『盗賊』であり、その最終勝者が次の王朝を開く。毛沢東の共産革命軍もその一種だ」と論じた。(いわゆる毛沢東盗賊論)畏友、犬大将氏の先輩に当たる。

東海林さだお『昼メシのまるかじり』

おいwwwなんだこれwww
エッセイ集なんだけども、根本的に全てがネタ。
これ、ネットニュースの編集者やブロガーの中では隠れた聖書となっておりまして、
ネタ系のニュースサイトはこの内容を拳拳服膺しているというのですが、以下の内容にはしびれました。
ここまで無意味な難癖を一総菜に対して延々と書けるのはもはや天才です。

最初に断っておきますが、僕はチンジャオロースーにはいい印象を持っていません。
はっきり言って気を許していません。警戒心も有ります。
なんかこう、そのやり口に油断がならない所があるからです。(中略)
もともと大した選手ではないんですよ。
牛肉を細長く切って、ピーマンと一緒に炒めただけ。
そもそもネーミングが僕は気に入りませんね。
最初にチンと来たから、こりゃあ何かあるな、ただではすまないだろうなと、
一応の腹づもりをして警戒していると、「ジャオ」なんて予想もしていないような意外なことを言って
こちらの気を抜き、さらにローと抜いてスーと抜く。
それはないと思うな。
身構えたこっちはどうなる。

向こうは向こうで「なにしろ、チンがジャオしちゃったんで、あとはローして、ス~するより仕方がなかった」
当たりの言い訳をするだろうが、その言い訳は通りませんよ!
「チンがジャオするのをどうして見通せなかったのか!」

一部引用は変更してあります。

それにしてもにじみ出る吉牛コピペ感。ああ、あれって東海林さだおの真似だったのか…
この文章を書いているのが1937年生まれの方というのもすごいですね。

宮脇俊三の小説にあまちゃん?!

鉄道文学の大家として有名な宮脇俊三氏の、『線路のない時刻表』が講談社学術文庫から復刊された。
いわゆる赤字ローカル線のルポということで、資料価値があるということで復刊されたのだろうか?

宮脇氏はこのなかで、「三陸縦貫線の巻」として、開通前の三陸鉄道の状態をルポし、更に、
開業後の三陸鉄道を「三陸鉄道奮闘す」としてまとめている。その最後に、
なんと、あまちゃんぽい女の子が出てくるのである。

宮脇氏が三陸鉄道の列車に乗っていると、「じぇじぇじぇ、おら、ランドセル忘れただー」
(※こんな言い方ではない)と、小学校4年の女の子が乗ってきて
「こんな純粋な子が都会などに出たらどうなってしまうのだろうか?」
と宮脇氏を非常に心配させているのですね。

まあ、それだけなんですけどね。

【書評】江戸打入り(半村良)

江戸打入り(半村良・作)を読んだ。著者は1933年10月27日生まれ~2002年3月4日没の作家で、
SF小説と歴史小説に才能を発揮し、東京下町の人情小説でも鳴らした方である。SF小説で直木賞候補に
なったあと、それが審査員に不評と見るや、「こういうのもできるのですよ」ということで、下町人情
もので直木賞を受賞した。いかにも苦労人らしい重層的な書き方をする人である。私は半村氏の
作品が非常に好きである。この小説も二度目の読破になるが、今度ちゃんと読んでしみじみと感心した。

例の江戸しぐさなどが全くいい加減に考えている、家康の江戸移転について、非常に細かく、よく調べられており、
史料の考証も一々考えさせられるものである。

物語は半武半農の下級武士、鈴木金七郎の視点で語られる。深溝松平家の松平家忠の家臣になった金七郎と、その周りの人足とも武士とも付かない、後世の歴史学では「武家奉公人」と一纏めにされている下積みの人々の目線から、家康の江戸移転が語られる。とにかく、故郷を突然秀吉の命令で離れなければならないことになり、これまでの農村の暮らしを捨てざるをえないこととなった鈴木金七郎のショックと、右も左も分からない寒村(!)での新しい暮らしへの不安が実によく描かれている。そう、1590年当時の江戸は寒村なのだった。
プロフィール

松平俊介

Author:松平俊介
松平俊介(まつだいら・しゅんすけ)
雑誌ライターやwebディレクターをしております。webデザインからwebマーケティング、ライターまで何でもやっております。これまでに色々なプロモーションを手がけて参りました。過去には週刊SPA!等に関わっておりましたが、現在は「連載JP」(東京産業新聞社)や、neverまとめ(NHNジャパン)を中心に執筆しております。
趣味は街歩きと歴史研究です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR