11/12のツイートまとめ

tyuusyo

文部科学省が江戸しぐさを捨てない理由って、江戸しぐさが「逆らいしぐさの禁」とか、教師に絶対服従みたいな主張をしているからってのもあるんじゃないですかね。江戸しぐさにおける「江戸講の講師」ってものすごい権力者なんですよ。なにしろ侍医がいたことになっている。
11-12 10:00

信長の右大臣就任から戦死までの左大臣は、信長の娘婿の二条昭実とか、信長から一字拝領を受けた近衛信輔とか、信長シンパが結構いるんだよな。豊臣政権期に何故か両方共没落しているのもちょっと怖い。なんだろうねこれ
11-12 09:30

何を勘違いしたのか、「信長は朝廷をないがしろにしており、大した官職にもつかずにすぐやめた」とか書いてある通俗歴史書もあったが、右大臣の別名は「右丞相」で太政大臣・左大臣が居ないときには首相だから、首相を対した官職じゃないというのは相当無理があるぞ。
11-12 09:24

信長が右大臣になったり、右近衛大将になったりした後すぐ辞めているのは、頼朝の真似(頼朝もすぐやめて前官待遇で「右大将家」として政治を行っている)じゃないのかなあ。あの頃の武家の指導者って頼朝をロールモデルにしているでしょう。素人の思いつきだけどね……
11-12 09:20

本居宣長が「しづはたを織田の命は朝廷辺を払い静めていそしき大臣」(『玉鉾百首』)という信長の勤王を讃える和歌を詠んでいて、信長の子孫が祀っていた天童建勲神社に石碑も立っているのに、なぜかその話が無視されていたり、信長革命家説ってすごく無理がある話が多いんだよ
11-12 09:04

『信長研究の最前線』、「信長は朝廷と共存関係を構築しようとしていた」という帯が普通でホッとしている。史料の根拠もなく「それでも信長なら……きっと天皇制を廃止できた…」とか妄想していた説の方がやばかったと思うんだよな。江戸から戦前までは「信長=勤皇の志士」だったわけだし
11-12 09:00

まぁ、今のアメリカのリベラル派は秀吉が台頭してきた時に「サルに兵法なんか分からねえだろう!」と、散々バカにしていた播州の豪族みたいなものだよな。三宅治忠とか別所長治とかみたいな。
11-12 01:06

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プロフィール

松平俊介

Author:松平俊介
松平俊介(まつだいら・しゅんすけ)
雑誌ライターやwebディレクターをしております。webデザインからwebマーケティング、ライターまで何でもやっております。これまでに色々なプロモーションを手がけて参りました。過去には週刊SPA!等に関わっておりましたが、現在は「連載JP」(東京産業新聞社)や、neverまとめ(NHNジャパン)を中心に執筆しております。
趣味は街歩きと歴史研究です。

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