12/04のツイートまとめ

tyuusyo

ちなみに「人よりもデカイ竹刀を持ち込んで突き一発で町道場を根こそぎ荒ら」したのは柳川藩士で「天保の三剣豪」の一人、大石種次。引き分けた千葉周作は「突きを防ぐために樽のふたを竹刀の鍔に使用」。うん、武士道とはなんだろうね?正々堂々とやってますよ、変なルールですけど
12-04 13:26

武士にとって正々堂々と戦うってのは、木の上から無理やり飛びかかるとか、人よりもデカイ竹刀を持ち込んで突き一発で町道場を根こそぎ荒らすとか、現代人的には「それのどこが正々堂々なんだ?」というような総合格闘技みたいなことが平気であるぞ。
12-04 13:24

江戸幕臣ってヤンキー率・DQN率高いしなあ。江戸後期に「オラッ、本所の小普請・小十人の旗本御家人だぁ」とか言ったらマジでDQNですから。
12-04 13:20

というより三河武士ってすぐ徳川家と喧嘩するし、下手をすると無断欠勤するし、すごいのになると勝手に出家するやつ(鈴木正三)までいるからなあ。大久保彦左衛門も大御所と大喧嘩するしなあ https://t.co/VaRw3TpEEq
12-04 13:12

だから戦時中は赤穂浪士は「お上に逆らう不忠者」扱いで、赤穂浪士の小説も執筆を停止させられたのにねえ……<国家レベルの法や秩序には明らかに違反してる https://t.co/QCtN5TcmyR
12-04 13:08

そもそも論として引用が違いますね。「武者は犬とも言へ畜生とも言へ勝つことが本にて候事」(『朝倉宗滴話記』)武士道でもないですし(朝倉宗滴の頃に武士道はない!)そんなに戦前普及している本ではないです。国立国会図書館デジタルコレクショ… https://t.co/BCd0GCskx3
12-04 13:06

そうなんですよねえ。江戸初期の鍋島藩なんかシグルイの虎眼道場とどう違うのか(やや漫画のほうが極端かな) https://t.co/KYdXvxiDre
12-04 13:02

鈴木豹軒の漢詩には日清日露の戦時中に、夫が兵隊に取られた主婦が子供を抱えて苦しむ話もある。司馬遼太郎が書かなかった日清日露の戦時中の情景というのもある。
12-04 12:55

鈴木豹軒は鈴木虎雄のことで、新聞日本の漢詩欄・短歌欄の選者で陸羯南の娘婿。正岡子規が病に倒れた後を引き継いだ人で、後に京大名誉教授。弟子に吉川幸次郎・小川環樹がいる。大量の時局詩や戦争の苦しみ、逆に勇ましい詩も詠んでいる。相当な詩人だが現代では忘れられている
12-04 12:23

そういえば昭和の敗戦を詠んだ鈴木豹軒の漢詩とか今はもう忘れられているんだろうな
12-04 12:08

『古詩源』は塚本哲三の訳本が有朋堂文庫(明治大正時代に読まれた安っぽいペーパーバックスの古典文庫)にも入っており、戦後は内田泉之助の現代語訳が出ている。故事成語にもなっている「日出でて作し、日入って憩う」で有名な庶民の歌『撃壌歌』から始まるポピュラーな詩集だ。
12-04 12:06

高橋睦郎氏の『漢詩百首』は「孔子の発言を詩としており新しい感覚だ」などともてはやされているが、既に明治・大正の頃によく読まれた『古詩源』が古代の庶民の歌声を詩として扱っており、随分前からある発想で、如何に今の知識人が漢文に親しんでいないかの裏返しみたいなものだ。
12-04 12:02

『古詩源』は四庫全書に入っていないが、明の光禄寺卿フウ惟納が編んだ『古詩紀』が入っている。これは高橋睦郎氏の『漢詩百首』と同じ発想なのか、湯王の銘や孔子の『臨河歌』なども詩として扱っている。意外と新しい発想のようで古いのだね『漢詩百首』
12-04 11:56

『四庫全書』収録の「古今詩删」を読んだが、これ本当に『唐詩選』の元ネタなのか?唐詩選に載っていない詩が多いような…前半は『古詩源』とかぶりますね。曹操の詩とかバンバン出てくるね。やっぱり曹操って大物だね
12-04 11:47

『四庫全書』検索すれば一発、という言葉のパワーワード感すごいね。『寛政譜』も一発検索させてほしいね。無理だね(系図の処理がくっそ難しそう)>RT
12-04 11:44

国立国会図書館のデジタルコレクションが出来る前は日本はマジでやばかったですが、一応今は群書類従なども読めますのでなんとか向こうに伍せるようになりつつあるのかなあと(でも四庫全書の電子化って10年以上前にすでにあったような) https://t.co/U8EZ7sZgTu
12-04 11:28

大学図書館の学術書の多さはとんでもないからな。四庫全書とか普通にあるからな(それはお前の母校だけだというツッコミは受けます)>RT
12-04 11:26

漸くわかった。元禄時代の大目付・藤堂伊予守はやっぱり津藩藤堂家の一族。藤堂高虎の叔父さんの藤堂良隆のそのまた分家(!)。私の先祖の本家とかわりばんこに夜勤(江戸幕臣にはあった)をしていたりしますね。
12-04 11:05

藤堂高虎の寛政譜、さすが講談や時代小説の人気者だけあって異例の長さだな。本人一人だけで11ページ!
12-04 10:57

半井小絵さんが将軍家の侍医半井家の子孫であることは言うまでも有りますまい。
12-04 10:51

志村けんさんの父上は元軍人で戦後小学校教頭まで務めたのだそうだが、幕臣志村家のご子孫かもしれないな。役人と軍人は下級武士の転職コースとしてはド定番。寛政譜では志村家の最終官職は「大番士」。
12-04 10:51

寛政譜によれば杭瀬川の戦いの退却戦で志村資良は奮戦しているみたいですね。「志村ー、うしろー」と言われたかどうかは分からない。
12-04 10:47

志村家は「先祖代々近江新村(しむら)城主だったのでそれを名字にした」と寛政譜にある。駿河府中藩士だった新村右衛門資良(しむら・うえもん・すけよし)の代に府中藩主・中村一氏の要請で陪臣から旗本に転じ、名字も志村と改めた。
12-04 10:45

寛政譜巻678ー679は志村家、堀尾家、半井家、高橋家とテレビ番組関係者ばかり出てくるな。志村けん・堀尾正明・半井小絵・高橋英樹(真麻も)と、これだけで一つ番組が出来そうだ
12-04 10:39

藤堂高虎のウィキに「寛政譜では藤原北家長家流(御子左家)」と書いたのは誰ですか?長家流に藤堂なんかないですよ?那須七党と筑紫と田澤しかいないんでありますが?(田澤なので男塾風味)
12-04 10:36

寛政譜は徳川幕府で偉かった順から並べているということを書いてある本があったが、若干誤り。源氏・平氏・その他・藤原氏という順序で氏ごとに並んでいるので、藤原一族の本多氏は巻681と、相当後に登場します。徳川四天王の一人で老中も何人も出している徳川一門でも藤原氏だからね。
12-04 10:31

実は元禄時代の大目付は藤堂伊予という人で、どうみても藤堂高虎の一族のはずなんですがネット上には記録が殆ど無い。寛政譜を見るよりないですね。困ったときの寛政譜。
12-04 10:22

藤堂高虎が外様だと言い出したのは誰なんだろうな。駿河譜代扱いで、幕府の例規集『柳営秘鑑』でも譜代です(願い譜代ではなく当初から)。小和田哲男先生も元々外様だが譜代として扱うべきと言っておられる。でも歴史辞典の類は全部「外様」。江戸開府以前に外様から譜代に昇格するとややこしい
12-04 10:19

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松平俊介

Author:松平俊介
松平俊介(まつだいら・しゅんすけ)
雑誌ライターやwebディレクターをしております。webデザインからwebマーケティング、ライターまで何でもやっております。これまでに色々なプロモーションを手がけて参りました。過去には週刊SPA!等に関わっておりましたが、現在は「連載JP」(東京産業新聞社)や、neverまとめ(NHNジャパン)を中心に執筆しております。
趣味は街歩きと歴史研究です。

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