漢籍おぼえがき 資治通鑑

資治通鑑(しじつがん)

その巻数、和綴じ(線装本)で二九四巻。実に長い本である。こういう場合の和綴じ本(線装本)の一巻はとても薄いので、今の普通の洋綴じ本では294 冊もあるわけではないが、それにしても辞典くらいの厚さの本が13冊位もある。294冊の和綴じ本を縦に積むと、人間の背丈ぐらいにはなるという。

北宋の司馬光(しばこう)が、戦国時代初めから五代末にいたる間の中国の歴史の中の重要部分を、倉2つにおよぶ膨大な史料を元にして記述した編年体(年表形式)の歴史書で、中国の歴史書としては『史記』と並ぶ名著です。1084年成立。

「春秋」の記録に継ぐ書物として編纂された。編集には范祖禹らが携わっている。完成までに一九年の歳月が費やされ、著者の全精力を注ぎこんだ書である。
書名の「資治通鑑」とは「史実を明らかにして皇帝が政治(治)を行う参考(鑑)にする」という意味で、本書の編集にとりかかったころ、当時の皇帝・ 神宗から与えられた名である。記述は東周の威烈王の紀元前403年に始まり、五代末後周の世宗の959年に終わり、1362年間の歴史を一貫して記してい る。司馬光は当時入手できたあらゆる史料を使い、史料を厳密に調査して、同時に編纂された引用史料ノート「資治通鑑考異」(しじつがんこうい)三十巻に、 史料の取捨選択を記しており、軍事・国事の重要事と、それにまつわる君臣の言行録を中心として、その間に「臣光曰ク」ということばに始まる司馬光の意見、 及び、司馬光が賛成する先人の意見をさしはさんで、史実に対する見解・批判を明らかにしてある。記述の範囲のひろさ・正確さと公正な視点、さらに文章の格 調の高さなど、あらゆる点で中国の歴史書のうち、最高の者の一つであり、「史記」とならんで中国二大歴史名著とされている。また、史料としても、特に唐代 の史料は今日見られないものからの引用も多く、正史の不備を補う貴重なものである。

と、いうのが伝統的な見解であったが、現在ではモンゴル史学などの立場から、「騎馬民族に対する記述に疑問視すべき箇所がある」 「中華思想に基づいて周辺の民族を貶めている」などの批判もあり、この史書の価値は揺れ動いている。
特に資治通鑑を問題視する研究者は岡田英弘・杉山正明の両氏である。

(影響)
そのあまりのおもしろさから講釈の種本としてもつかわれ、また、羅本の「三国志演義」執筆の資料としてつかわれたといわれている。また、初心者向 けの歴史書がこの本をもとしてたくさんつくられた。朱熹の「資治通鑑綱目」や、「十八史略」はこの本をもとにしたものである。注釈としては元の胡三省のも のが政治・経済・軍事・文化の多方面に及んでおり、独自の歴史評論も内在する極めて優れたものであり、これが広く行われた。日本では1849年、津藩で翻 刻して以来、多くの版本が出された。 また、水戸藩の『大日本史』の編集にも大きな影響を与えている。「通鑑」と略す。
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松平俊介

Author:松平俊介
松平俊介(まつだいら・しゅんすけ)
雑誌ライターやwebディレクターをしております。webデザインからwebマーケティング、ライターまで何でもやっております。これまでに色々なプロモーションを手がけて参りました。過去には週刊SPA!等に関わっておりましたが、現在は「連載JP」(東京産業新聞社)や、neverまとめ(NHNジャパン)を中心に執筆しております。
趣味は街歩きと歴史研究です。

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