天海の結界を行く-1 上野寛永寺両大師堂

子供の頃から魔法とか妖術とか聞くとワクワクするタイプではある。
まあ、同時に科学も好きなので、あんまりオカルトに傾斜するわけでもないのだが、
なんとなく気になるのだよな。

江戸の結界の一つという説がある、上野寛永寺両大師堂に行ってきた。ここは徳川家の江戸城築城の際に、黒衣の宰相と言われた天海が作ったお堂である。

上野寛永寺両大師堂

実は、この「天海の江戸城結界」という話を調べてみると、天海の作ったんじゃないものも結構あるのですね。実は江戸城は30年近く掛けて築城しており、天海が徳川家に仕える前から築城が行われていたのだ。だから徳川家康や家康の家臣の工事責任者が結界というか、鎮守の神様を作ったりした所もある。例えば赤坂の日枝神社なんかがそうなのだ。当時の記録『落穂集』に、家康と改築の責任者だった幕府老中の榊原康政が相談して、城内のほこらの中から日枝神社を選定して鎮守にしたと書いてある。赤坂へ移したのも天海では無さそうだ。
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松平俊介

Author:松平俊介
松平俊介(まつだいら・しゅんすけ)
雑誌ライターやwebディレクターをしております。webデザインからwebマーケティング、ライターまで何でもやっております。これまでに色々なプロモーションを手がけて参りました。過去には週刊SPA!等に関わっておりましたが、現在は「連載JP」(東京産業新聞社)や、neverまとめ(NHNジャパン)を中心に執筆しております。
趣味は街歩きと歴史研究です。

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