東アジア正閏論

正閏論と書こうとしたら「清純論」と誤変換された。長澤まさみのことが書きたいわけではないぞ。ハハハ

さて、最近ニュースの論調で、「最近の中国には中国文明がもはや残っていない、日本にこそ中国文明が残っている」というようなものが散見される。これ、今風の正閏論じゃないですかね。

例えば、評論家の石平氏が「論語の教えは今の日本に残っているが中国にはない」といった事があったと思うし、中国人の方のブログで「日本は子供にも書道教育をさせているが、今の中国ではしない、中国文明が残っていないのだ」という発言もあった。

正閏論からいえば、礼を失った中国は夷狄だとされるので、まあ、大気汚染が著しいのにはかばかしい対策をしなったり、近隣諸国と領土問題で寸土を巡って大人気なく争ったり、銃口を向けておいて「それはでっち上げだ」などと主張する国は、夷狄と言われても仕方がないのだよな。

まあ、中国文明の正統を持って任ぜられそうな国は、結構あるのですけどね。
1,我らが日本国…江戸時代の林羅山などは、天皇家は周王朝の末裔だと考えていた。
2,正統政権が今も続く台湾(中華民国)…中華民国
3,東方礼儀の国と称する韓国…殷の箕子の末
4,古代南越朝の末であるベトナム…南越は楚漢の争いの時に独立して帝を称している。
戦国趙の末

まあ、ちょっとメモしておきます。

この星に生まれたことが情けなくなってくる東洋史年表・解説1

この星に生まれたことが情けなくなってくる東洋史年表の解説だよ。

なお、底本?はhttp://blog.livedoor.jp/netamatome/archives/3605455.html(教科書には載らない、真の世界史)です。まとめサイトの人がどんどんかえちゃったっぽい

実はこの年表の元ネタ?は陳舜臣の『小説十八史略』だと思われ、そこに出てくるエピソードを面白おかしく曲解しているんだと思うんだな。おいらだけじゃなくていろんな人が書いていたから憶測だけどね。
とりあえず、よりぬきで。

紀元前496年 夫差、薪の上で寝る健康法考案 (臥薪の故事)
紀元前494年 勾践、獣の胆を嘗める健康法考案 (嘗胆の故事)


有名な「臥薪嘗胆」の故事。

紀元前481年 きりんさん、魯の西方の大野沢で捕らえられる(獲麟の故事)
紀元前479年頃 孔子、きりんさんが死んでいたと聞き、泣き出す。(同じく)


これはかぶっちゃいましたけど、マイナーな「獲麟」(かくりん)の故事です。
こんな話。

「紀元前481年、中国春秋時代の魯の国の西方にある大野沢(だいやたく)というところで狩りが行われた際、薪取りが見たことのない生物を捕えた。

それを知らされ、生物を見た孔子は、それが太平の世に現れるという聖獣「麒麟(きりん)」であるということに気付いて衝撃を受けた。

太平とは縁遠い時代に本来出てきてはならない麒麟が現れた上、帝王の祝福として出てくるはずの麒麟が薪取りに発見されるという異常さに、孔子は涙を拭い、ちょうど愛弟子の顔回や子路に先立たれた直後だったためもあって、自分が今までやってきたことは何だったのかというやり切れなさから、自分が整理を続けてきた魯の歴史記録『春秋』の最後にこの記事を書いて打ち切り、後世の聖人の出現に期待したのである。したがって、『春秋』はこの記事をもって終わるとされている。(ウィキペディアの記述を春秋公羊伝哀公十四年により改めた)

このことから、春秋経は別名を鱗経ともいうのですね。ちなみに、「きりんさん」といっても、クビの長い動物のキリンとは全然別です。キリンビールの缶に描いてあるやつで、要するに架空の動物です…って、この話は史実じゃないのかって?!まあ、伝説ですからね…ちなみに出典は『春秋公羊伝』。『春秋左氏伝』だと、これ以降も春秋時代の話が続きます。公羊伝は孔子が「吾が道、窮せり矣!」(ああ、もうだめぽ…)と言って、自分の理想を実現してくれるであろう後世の人々に託して、ここで記録を撃ち切ったと言っています。

紀元前479年頃 孔子、弟子顔回の貧乏を嘲り笑う(論語、やや誇張)

これは間違いで、孔子は顔回の貧乏を褒めていますね…まあ、獲麟の話に顔回が出てくるのは公羊伝なので、公羊伝を読んだ人だと思うんだけど

紀元前220年頃 張良、じじいを殴りたくなる(張良と黄石公の話)
紀元前211年 始皇帝、隕石に刻まれた悪口に激怒、現場の住人を滅殺。
紀元前207年 楚の覇王項羽、宴会で自分の叔父と甥の真に迫った剣舞を見物する。
壮士の闖入があったりとサプライズがいっぱいの宴会で大満足。(鴻門の会)
紀元前205年 劉邦、実の娘と息子を虐待する。(徐州の戦い)

この辺りは有名な話なのでスルー。司馬遼太郎の『項羽と劉邦』でも読んどいて。

以下は陳舜臣の小説十八史略ネタ。

紀元前202年 劉邦_| ̄|○を実際にやってみる
紀元前201年 単于の妃>>単于>>>>|越えられない壁|>>>>皇帝の公式が成立
紀元前196年 彭越、食材に使われる。(呂后の専制)
紀元前1世紀中頃 漢宣帝、いろいろと面倒くさいので手づかみで物を食べることを主張する。
紀元前98年 司馬遷、女になる。(司馬遷宮刑を受ける+らんま2/1)
7年 王莽、皇帝に媚びる為刀型の記念コインを鋳造。(王莽の乱)
9年 王莽、先に作った記念コインを不吉とし流通停止勧告、代わりに亀の甲羅などを硬貨に採用
25年 後漢世祖光武帝劉秀、以下のような「美少女萌え」発言をして物議を醸す(妻にするなら陰麗華)

   ∧_∧   ┌────────────
◯( ´∀` )◯ < 僕は、陰麗華ちゃん!
  \    /  └────────────
 _/ __ \_
(_/   \_)
     lll
25年 とある牛飼いが赤眉軍のくじ引きに当選し、みごとに超豪華商品をゲット。しかし本人は泣いて嫌がる。
92年 妹の班昭が、お兄ちゃんが残した歴史系同人誌を完成させる。(前漢書成立)
192年 王充、三日三晩にわたって燃え続ける画期的なろうそくを発明する。(董卓の乱)


王充ではなく、王允ですね。董卓を暗殺したあと、董卓の遺体を晒し者にしていたんですね。董卓はデブだったので、見張り番が腹にろうそくの芯をぶっ刺して火を付けたら、三日三晩燃えたっちゅうんですが、ホンマかいな。
出典?は正史三国志の裴注に引く王粲の『英雄記』。王粲は董卓に追われて家を捨てざるを得なかった人なのでこうまで誇張して書いているんでしょう。

197年 魏の武帝、未亡人とギシギシアンアンしているところを襲撃される。(曹操張繍に敗れる)
200年頃 後漢の医師張陵、米10リットルの診察代で快癒者続出、大ブレイク。(五斗米道成立)
204年 魏の文帝、父の想い人を強奪、寝取る。(曹丕の結婚)
207年 諸葛亮ニートをやめる(三顧の礼)
207年 諸葛亮孔明、やっと就職する。
208年 赤壁にてレスキュー技能世界大会開催。(赤壁の戦い)
208年頃 劉備、脱糞中に太もものシェイプアップの必要性を自覚する(髀肉の嘆)
239年 卑弥呼、魏から鏡を貰っておしゃれをする


考古学会でさんざん揉めた「景初三年鏡」の話です。おしゃれしたかどうかまではわかりまへん。

328年 劉曜、飲酒運転のあげくに事故を起こして逮捕される。

飲酒というより、酒飲んだまま馬に乗って敵陣に突入して討ち死にしたという、
五胡十六国時代のバカな武将です。まあ、劉禅の義理の孫だからなあ。

383年 苻堅の「太陽政策」失敗

滅ぼした国の民族を保護していたら結局裏切られちゃったという話に陳舜臣さんはしているのですが、
多分真相が違う。

552年 宇宙大将軍・侯景死亡確認!!
589年 陳国皇帝、井戸の底でかくれんぼをする。
590年頃 隋の文帝楊堅、夫婦喧嘩に負けて家出する


情けない話ですが『資治通鑑』に克明に記載があり、吉川幸次郎先生が中国の史書の詳細さを説明する根拠としておられます…『吉川幸次郎著作集巻1』。それもどうよ。

604年 隋の文帝、息子に妾を寝取られる
607年 隋の煬帝、キレる
613年頃 隋の煬帝、江南で美少女オーディションを行う。

629年 中国の若者がインド放浪の旅に出る
646年 サルとブタとカッパの漫才がシルクロードでオオウケ。


ご存知西遊記。

671年 大海人皇子、「おにいちゃん、ぼくたち兄弟だよ!」と叫ぶ。

壬申の乱です。

750年頃 タン帝国の北方辺境伯アフラー・ロクシャン、皇帝公認で楊貴妃と混浴成功
「タン帝国の北方辺境伯アフラー・ロクシャン」は唐の安禄山のこと。

762年 唐代の詩人李白月旅行をする

李白が酒に酔って、水面に映る月を取ろうとして川に落ちて溺死したという故事を
綺麗に表現したもの。
ただ、川に落ちた話は新唐書の捏造で、李白は親戚の家で病死したのが真相だそうな。
(高島俊男『李白と杜甫』)

901年 菅原道真、今夜も月がきれいだ、と思う。
920年頃 安部保名がキツネ耳に萌える。その結果、翌年に安倍晴明が誕生。
951年 馮道、5度目の転職。顰蹙を買う。
1004年 遼の聖宗、「おにいちゃん」と呼ぶだけですごいお小遣いを貰う約束をする。
1125年 遼、今まで虐めててある日突然キレた乱暴者とおにいちゃんに前と後ろから攻められて壊れる。
1183年 木曾義仲「倶利伽羅峠の戦い」でハンニバルの「カリクラ峠の戦い」を違法コピー。モーモーさん怒る。
1185年 今度は源義経が「おにいちゃん!!ぼくたち兄弟だよ!!」と叫ぶ
1189年 テムヂン、ケルレン河コデー・アラル付近で人語をさえずる「五色のひばりのような」謎の怪鳥を目撃する。
12世紀はじめ 宋軍2千が遼軍17騎に敗れる
1203年 モンゴル高原中央部で敗残者集団が泥水にありつく
1221年 未亡人の色気で鎌倉幕府存続

尼将軍北条政子の演説の話を脚色したものですが、色気は関係ない、多分。

1223年 支那南方で坊さんが炎天下にシイタケ干しを行い、たまたまそこにいた日本人留学生と精進料理について対話。

道元禅師の話ですね。

1225年 遼、おにいちゃんと友達にいじめられ西へ自分探しの旅に出る
1254年 モンゴル皇帝モンケ、聖書を手にとりラテン語が読めないことが発覚する。
1258年 アッバース朝のカリフ・ムスターシム、モンゴル軍馬に踏み殺される
1273年頃 マルコ・ポーロ、パミール高原で食物の煮炊きを失敗。
1279年 中国人「崖山の戦い」で日本の「壇ノ浦の合戦」を違法コピーする。

この星に生まれたことが情けなくなってくる東洋史年表

2ちゃんねるの世界史板で2005年頃に出来た「妙な年表を作るスレ」ですが、
一時期まとめサイトでさんざん転載されていました。
実は私もちょくちょく書いていて、東洋史ネタのある程度の部分は私がネタ出しをしていますw
ところが、流布しているうちに誤字脱字が増え、元ネタもわからないままに年表の年代が
混乱しているありさまになってしまいました。
 これ、「妙な表現ですが、全て史実」というのがスレの暗黙の了解というか、一応のコンセプト?だったと思うので改めてネタを出し直し、かつ元ネタの史実をくっつけて見ようと思います。
とりあえず、まずは年表。冒頭だけ元ネタが少し書いてありますが疲れたので途中までになっているでゴンスよ。フンガー。


紀元前6世紀後半 インドのカピラヴァッツ在住のスットダナーさんの長男・シッダッタちゃんが
生まれた直後に七歩歩いて「オラは世界の第一人者なんだゾー」と叫ぶ。
シッダッタちゃんブーム発生。(釈尊誕生、「天上天下唯我独尊」)
紀元前496年 夫差、薪の上で寝る健康法考案 (臥薪の故事)
紀元前494年 勾践、獣の胆を嘗める健康法考案 (嘗胆の故事)
紀元前481年 きりんさん、魯の西方の大野沢で捕らえられる(獲麟の故事)
紀元前479年頃 孔子、きりんさんが死んでいたと聞き、泣き出す。(同じく)
紀元前479年頃 孔子、弟子顔回の貧乏を嘲り笑う(論語、やや誇張)
紀元前220年頃 張良、じじいを殴りたくなる(張良と黄石公の話)
紀元前211年 始皇帝、隕石に刻まれた悪口に激怒、現場の住人を滅殺。
紀元前207年 楚の覇王項羽、宴会で自分の叔父と甥の真に迫った剣舞を見物する。
壮士の闖入があったりとサプライズがいっぱいの宴会で大満足。(鴻門の会)
紀元前205年 劉邦、実の娘と息子を虐待する。(徐州の戦い)
紀元前202年 劉邦_| ̄|○を実際にやってみる
紀元前201年 単于の妃>>単于>>>>|越えられない壁|>>>>皇帝の公式が成立
紀元前196年 彭越、食材に使われる。(呂后の専制)
紀元前187年 スキピオ・アフリカヌス、喧嘩に負けて引き籠もる。
紀元前1世紀中頃 漢宣帝、いろいろと面倒くさいので手づかみで物を食べることを主張する。
紀元前98年 司馬遷、女になる。(司馬遷宮刑を受ける+らんま2/1)
紀元前46年 禿げの女たらしがローマに帰ってきた!
7年 王莽、皇帝に媚びる為刀型の記念コインを鋳造。(王莽の乱)
9年 王莽、先に作った記念コインを不吉とし流通停止勧告、代わりに亀の甲羅などを硬貨に採用
12年 劉邦の妻、人間を魔改造して豚とのハイブリッド種を発明。(戚夫人の話?)
25年 後漢世祖光武帝劉秀、以下のような「美少女萌え」発言をして物議を醸す(妻にするなら陰麗華)
   ∧_∧   ┌────────────
◯( ´∀` )◯ < 僕は、陰麗華ちゃん!
  \    /  └────────────
 _/ __ \_
(_/   \_)
     lll
25年 とある牛飼いが赤眉軍のくじ引きに当選し、みごとに超豪華商品をゲット。しかし本人は泣いて嫌がる。
(十八史略)
92年 妹の班昭が、お兄ちゃんが残した歴史系同人誌を完成させる。(前漢書成立)
192年 王充、三日三晩にわたって燃え続ける画期的なろうそくを発明する。(董卓の乱)
197年 魏の武帝、未亡人とギシギシアンアンしているところを襲撃される。(曹操張繍に敗れる)
200年頃 後漢の医師張陵、米10㍑の診察代で快癒者続出、大ブレイク。(五斗米道成立)
204年 魏の文帝、父の想い人を強奪、寝取る。(曹丕の結婚)
207年 諸葛亮ニートをやめる(三顧の礼)
207年 諸葛亮孔明、やっと就職する。
208年 赤壁にてレスキュー技能世界大会開催。(赤壁の戦い)
208年頃 劉備、脱糞中に太もものシェイプアップの必要性を自覚する(髀肉の嘆)
239年 卑弥呼、魏から鏡を貰っておしゃれをする
328年 劉曜、飲酒運転のあげくに事故を起こして逮捕される。
383年 苻堅の「太陽政策」失敗。
552年 宇宙大将軍・侯景死亡確認!!
589年 陳国皇帝、井戸の底でかくれんぼをする。
590年頃 隋の文帝楊堅、夫婦喧嘩に負けて家出する
604年 隋の文帝、息子に妾を寝取られる
607年 隋の煬帝、キレる
613年頃 隋の煬帝、江南で美少女オーディションを行う。
629年 中国の若者がインド放浪の旅に出る
646年 サルとブタとカッパの漫才がシルクロードでオオウケ。
671年 大海人皇子、「おにいちゃん、ぼくたち兄弟だよ!」と叫ぶ。
750年頃 タン帝国の北方辺境伯アフラー・ロクシャン、皇帝公認で楊貴妃と混浴成功
762年 唐代の詩人李白月旅行をする
901年 菅原道真、今夜も月がきれいだ、と思う。
920年頃 安部保名がキツネ耳に萌える。その結果、翌年に安倍晴明が誕生。
951年 馮道、5度目の転職。顰蹙を買う。
1004年 遼の聖宗、「おにいちゃん」と呼ぶだけですごいお小遣いを貰う約束をする。
1125年 遼、今まで虐めててある日突然キレた乱暴者とおにいちゃんに前と後ろから攻められて壊れる。
1183年 木曾義仲「倶利伽羅峠の戦い」でハンニバルの「カリクラ峠の戦い」を違法コピー。モーモーさん怒る。
1185年 今度は源義経が「おにいちゃん!!ぼくたち兄弟だよ!!」と叫ぶ
1189年 テムヂン、ケルレン河コデー・アラル付近で人語をさえずる「五色のひばりのような」謎の怪鳥を目撃する。
12世紀はじめ 宋軍2千が遼軍17騎に敗れる
1203年 モンゴル高原中央部で敗残者集団が泥水にありつく
1221年 未亡人の色気で鎌倉幕府存続
1223年 支那南方で坊さんが炎天下にシイタケ干しを行い、たまたまそこにいた日本人留学生と精進料理について対話。
1225年 遼、おにいちゃんと友達にいじめられ西へ自分探しの旅に出る
1254年 モンゴル皇帝モンケ、聖書を手にとりラテン語が読めないことが発覚する。
1258年 アッバース朝のカリフ・ムスターシム、モンゴル軍馬に踏み殺される
1273年頃 マルコ・ポーロ、パミール高原で食物の煮炊きを失敗。
1279年 中国人「崖山の戦い」で日本の「壇ノ浦の合戦」を違法コピーする。
1345年 イブン・バットゥータ、南ベトナムのチャンパーでじゃじゃ馬王女のオモチャになる。
1352年 皇覚寺の小坊主、占いをする
1401年 ティムール、ダマスクス郊外の庭園でイブン・ハルドゥーンとデートする。
1402年 坊主の孫、坊主に戻る
1402年 ティムール、バヤジット1世に「俺たちって、不細工だよな・・・」と語る。
1403年 ティムール、老衰のためまぶたが持ち上がらないままカスティリア使節を引見
1413年 きりんさん、アフリカから中国まで大航海する
1450年 明の英宗、エセンに捨てられる。
1494年 ティムール家のウマル・シャイフ・ミールザー、アフスィ城にてリリエンタールの初飛行に
400年先駆け、鳩と鳩小屋といっしょに飛んで鷹になる偉業を成し遂げる。
1498年 フィレンツェの僧サヴォナローラ、熱く語りすぎて焼死
1498年 海洋学者イブン・マージドがヴァスコ・ダ・ガマに脅迫されてインドに行く
1500年頃 中国に大慶法王と威武大将軍を兼ねるすごい人物が出現。
1506年 バーブル、焼き鳥を喰う。
1521年 中米で世界が滅んだ
1521年 ルターが教皇レオ10世に荒らしと認定され、教会からアク禁をくらう。
1521年 クアウテモック、コルテスのナイフをさし、「そいつで俺を刺してくれ」と迫る。
1522年 人類史上初の世界一周を成し遂げた18名手柄を死人に横取りされる
1534年 バスク出身の中年学生ロヨラ、自ら開発したイメージ学習法にハマったキャンパスメイト6人とモンマルトルで
「いつかエルサレムに行こうぜ!」「世界中行っちゃおうぜ!」などと大いに盛り上がる。
1537年 乞食の少年がエドワード6世としてイングランド王に即位
1549年 一緒にハイになったザビエルが大分県に来る。約400年後銘菓になる。
1550年 ラス=カサス、スペインで「いじめ、よくない」と発言。
1558年頃 秀吉、草で編んだサンダルを懐で暖める
1580年頃 イエズス会士、当時の日本人が小指で鼻をほじっていた事を歴史に遺し、「我々は人差し指や中指を使うのに」と本国に報告する。
1585年 噺家の初代安楽庵策伝師匠の兄、金森五郎八師匠(のち初代金森素玄)が飛騨を笑殺。以後100年統治。
16世紀末~17世紀初頭 イギリスの年齢不詳の劇作家が老人介護、ヒッキー、若年自殺、多重債務問題を取り上げる。
1603年 日本を武蔵大君源家康が統一。隣国の使節が家康の家老の胸毛がもしゃもしゃだったことを記録。
1618年 3人の男がプラハの窓から鳥になって飛びそこねる。
1642年 噺家の初代安楽庵策伝師匠病没。本名は金森平太夫で本職は京都の寺の住職。
「義経」ネタなどを得意とし、政財界にファンが多かった。
1643~48年頃 順治帝、母が叔父と結婚してハムレットになる。
1644年3月19日 明の崇禎帝、紫禁城の裏山で枝ぶりの良い木を探す。
1649年 チャールズ1世、「覚えてろよ!」と捨てゼリフ。
1650年 ルネ・デカルト「女王の教室」で極寒の真冬に「朝5時に教室に来なさい」といわれ風邪をひいて死亡。
1701年 浅野内匠頭、キラ・ヤマトを斬りつけ、けがさせる。
1719年1月 大坂にて夜までに蕪を食べないと死ぬ説。蕪が売れに売れ騒ぎに。
1720年 ジョン・ラカム、綱屋の娘とブランコ遊びに興じる。
1720年 シャボン玉、南海で屋根まで飛ばずに消える。同じくミシシッピ川でも、生まれてすぐに壊れて消える。
1724年11月 ピョートル大帝冬のフィンランド湾に飛び込む。
1730-1800年 スヴォーロフ変なことをする。
1740年 王、巨人軍を解散する。
1746年 ボニー・プリンス・チャーリー女装する。
1750年頃 フリードリッヒ大王、街中の怠け者をステッキで殴り回る。
1762年 モーツァルト、マリー・アントワネットとの婚約を一方的に宣言する。
1765年 テロリスト平賀源内テロ手引書「火浣布略説」を作成。250年後の一般市民を多数殺害。
1769年 フランス、新たな領土とともに未来の皇帝を獲得する。
1773年 12月16日ボストン港をティー・ポットにするという壮大な夢を抱き、インディアンの仮装をしてお茶を海に投げこむ。
1773年12月16日 ボストンで大規模な紅茶パーティーが催される
1774年 ジェームズ・クック、エロマンガ島に上陸し襲われる。
1776年 平賀源内、電撃ネットワークを結成。
1783年 モンゴル帝国がやっと滅亡する
1786年 田沼政権、過大な公共事業による財政悪化の責任をとって退陣。
1789年 フランス王妃マリー・アントワネット、パンがなかったのでケーキを食べる。
1793年 ‘人民の友’ジャンポール・マラー、シャルロット・コルデ(25)と混浴しょうとして失敗、刺される。
1798年 フランス軍が4000年に見つめられる。
18世紀後半  乾隆帝、香妃にフラれる
18世紀前半 プロイセンのフリードリヒ・ヴィルヘルム1世、巨人軍を結成する。
1813年 江戸にてそばを食べると死ぬ説。蕎麦屋が困る。
1813年 13万人から成るフランス越冬隊、北の僻地モスクワに到達
1814-15年 ウィーンの物価が高騰する
1814年 ウィーンで90の王国・53の公国代表が会議を名目に公金使用でダンスパーティ。
1815年 ナポレオン・ボナパルト、ブラッセル郊外ワーテルローでも、やっぱりタムシが痒かった。
1820年 ナポレオン・ボナパルト、セントヘレナでもやっぱりタムシが痒い
自身の辞書に不可能の文字を発見し驚愕する
1821年 ハワイでキリスト教の坊さんが騒いで波に乗れなくなる。
1823年 長崎の出島で、オランダの山岳地帯に住む少数民族の存在が明らかになる。
1837年 洪秀全、40日間熱病で意識不明になる
1842年 ライオンさんがアヘン戦争によりブタさんになる。
1844年 北半球のペンギン絶滅
1848年 インディアン、日本最初の英会話教師に任用。いっぱい聞いていっぱい喋った。
1848年 マルクスとエンゲルスが幽霊に関する重大な仮説を発表
1853年 長崎で日本で初めてエロ動画が上映される
1854年 イギリス兵、クリミア半島で初めてナースにハアハアする
1854年 黒船の乗組員、日本人からエロ本をもらって興奮
1856年 冬英国内で目だし帽の男たちが徘徊する
1860年 6月20日昼皇女和宮、早朝に初潮を迎えたとの国家機密がイギリス領事館に漏洩。
1864年 演説に詰まったリンカーン大統領、「人間の人間による人間のための国」と小学生並みの言い訳をしてごまかす。
1868年 明治天皇「江戸に旅行に行く」と言い残して家出する。そのまま帰宅せず
1888年 ありがたいお経を書き忘れてフィンセント・ファン・ゴッホが耳をなくす。
1889年 ニーチェ断筆宣言する
1894年 木口小平がラッパーとして有名になる。
1894年 東から来たおさるさんが、寝ていたライオンさんをぶたさんに変える。
1895年 李鴻章、フグチリの代金に2億両を払う。
1895年 日清戦争に日本が勝利するも露・仏・独の三審判が判定を覆す後味の悪い試合に
1895年 レントゲン博士、下着が透けて見えるカメラを発明。
1896年 李鴻章、アメリカに残飯料理を教える
1896年 レーニン寒い所へ送られる。
1900年 セオドア・ローズヴェルト、「こんぼう」を装備する。
19世紀後半 フランス印象派の画家達が日本人の描いた「萌え絵」をインスパイヤする。
1905年 対馬沖に大量の漁礁が設置される。
1905年 戦艦ポチョムキンの水兵が「こんな飯が食えるか!シェフをよべ!」と海原雄山する。
1905年 ステッセル氏、乃木希典氏に元旦の挨拶を送る。
1910年 日本で自転車のチューブが大ヒットした年
1911年 四川の陳婆さん、麻婆豆腐を発明する
1913年 ジェイコブ夫人がブラジャーを発明。以後、下着ドロボーの手間が二倍になる。
1915年 コティングスレーで従姉妹が妖精を飼うことに成功。これ以後デスクトップ上のあらゆる不可解事は妖精さんのせいにされる。
1929年 世界中のあらゆる株がお買いどきになる。
1930年代 金日成、何度も「縮地法」を使う。
1930年代 スターリン人口問題について深刻な憂慮を示す。
1931年 石原莞爾、現中国東北部で原野商法を企画
1933年 ドクトルG、国民啓蒙宣伝大臣に就任
1933年 日本が国際連盟を卒業。ソロデビュー。
1934年 千年帝国の初年度
1936年 東京戒厳司令部、父兄に代わって迷子の帰宅を呼びかける。
1936年 ロシアの鉄男氏、たくさんの人々を避暑地にいざなう。
1936年 エドワード8世、家庭事情により自己都合退職
1937年 7月7日、帝国陸軍志村一等兵、演習中に便意を催し一時離脱。帰隊すると何故か日中戦争が始まっていた。
1938年 ある火星の工作員が迂闊にも放送局で地球侵略計画をばらす。
1941年 大日本帝国海軍ハワイ旅行に出かける
在米日本大使館ホテルの予約を頼まれていたのを忘れる
1941年 日本はバナナやマンゴーを食べるために米英仏に宣戦布告。
1941年 山本五十六さん(57)の代理、アポなしでオアフ島を訪ねる。
1941年 ドイツ中央軍集団モスクワ近郊で初めてロシア人と雪合戦
1941年 12月8日在米日本大使館員、昨夜の合コンで飲み過ぎて遅刻。野村大使に叱られるもその後お咎めなし。
1941年 12月、ワシントン上空にUFO数百機が空襲。
1942年 在米日系人、家族みんなでアメリカ政府主催のキャンプ旅行に出かける。
1942年 パーシバル氏、ヤマシタ氏出題の2択問題に悩むも、結局yesにマーク。
1944年 ハルゼー提督がフィリピン沖で行方不明になり全世界が知らんと欲す。
1944年 グアム大かくれんぼ大会開催。優勝者は日本の横井庄一さん(記録28年)
1944年 カリスマであるところのダグラス=マック、フィリピンで復活ツアー開始。
1945年 千年経った
1946年 昭和天皇が「脱アイドル宣言」。
1966年 魔導士毛沢東、赤い呪符を持ったロリ体型の使い魔を大量に召喚。
1967年 庭師の愛新覚羅溥儀さん死去。
1968年 ホーおじさん、古タイヤをリサイクルしてサンダルを作る。ベトナム中で大ヒットに。
1975年 ポル・ポト、「絶対に笑ってはいけない3年8ヶ月の生活inカンボジア」を決行。約30年後、アジア某国にてバラエティー番組のネタとして用いられる。
1975年 ベトナム大航海時代始まる。後世ボートピープルと呼ばれる。
1976年 日本の元首相がお金の勘定が出来なかったことが露見。かわりにピーナツの個数で数えていた。
1978年 中国人コピー商品作りに目覚める。鄧小平氏は語る「白猫であれ黒猫であれインスパイヤするのがよい猫である」
1979年 アントニオ猪木、現職大統領とのドリームマッチに漕ぎ付けた翌月に失脚、試合はお流れ。
1983年1月18日 中曽根首相が世界最大の空母「JAPAN」完成を宣言する。
1984年 監視社会完成、OLが時代を風刺したSFを発表
1986年 「リットン調査団」結成、心斎橋2丁目劇場にて初舞台。
1989年 李鵬、鈴木史朗らと組んで当時の人気番組「イカ天」(イカす!バンド天国)に出演。
戦車で人を轢き殺そうとするパフォーマンスで注目を集めたが、全く演奏になっておらず、司会の三宅裕司ら困惑。
結局、イカ天キングにはなれず。
1989年 中国天安門前広場に素手で戦車を止めた超人現る。
1989年 ドイツで壁によじのぼってから足元の壁を壊す遊びが大流行。
1989年 しゃぼん玉が屋根まで飛ぶ。
1989年11月9日 ベルリンの壁、販売開始
1991年 ソ連共産党保守派によるクーデター、首謀者ヤナーエフの泥酔のため頓挫。
1991年 ソ連の初代大統領と最後の大統領が同時に辞任する
1994年 省エネルックのおっさん、24の閣僚ポストを兼ねる。
1994年12月14日~1995年1月末 漫画家が尊師にポアされかける
1997年 アイルランド人が「あっは~ん、あっは~ん」と歓声を上げる中なかでバーティ・アハーンが首相就任。
1999年 7月無事平穏が社会問題化。
1999年 時計は狂わなかったのに史上最大のすごいドタキャンに会う
199x年 地球は核の炎に包まれた!
1999年7月 天界・霊界の諸般の事情により「人類の終末」は中止となり無期限延期が決定された
1999年8月 自称恐怖の大魔王、前月の自分の優柔不断さを後悔
2001年 宇宙船に装備されたスパコンHALがIBM製のパクリと判明、訴訟に発展
2003年 フセイン、日本製のストーブで暖まってるいるところを発見される
2005年 小泉純一郎大叔父の慰霊に神社を参拝したら非難轟々
2005年11月 空から隼が糸川さんの頭を2度つついて飛び去る。
2005年11月22日 ドイツ放送、宇宙刑事シュレイダー放映終了。魔法少女りりかるメルケルA’ngela放映開始。

元史がひどかったわけ

前の記事では思わず吉牛コピペをかましてしまいましたが、『元史』はとにかくひどいです。
で、注釈っつうほどでもないけど、ちょっと学術的なことを書いておきます。

・『元史』のひどいところ
小林先生の明徳版『元史』の解説にもまとめられていますが、結局誤りが多すぎるということに加えて文章が下手ということに尽きるようです。チンギスハーンの家臣の中でも猛者で知られたスブタイの列伝が
「巻八 速不台伝」
「巻九 雪不台伝」と、2つ連続して重複しているという、ありえない間違いがあります。
この手の間違いが五巻もあるのだから終わっています。
「巻一八 完者都伝」
「巻一九 完者抜都伝」

「巻一二三 忽刺出伝」※親戚の伝に付随
「巻一三三 忽刺出伝」

「巻一三二 阿塔赤伝」※親戚の伝に付随
「巻一三五 阿塔赤伝」

「巻一五〇 石抹也先伝」
「巻一五二 石抹阿辛伝」
と、いうのだからすごい。編者が如何にいい加減なヤツだったのか分かりますね。
清の考証学の大家・顧炎武もこの件について「編集責任者が宋濂・王禕・趙壎と三人もいたのに、
粗忽としか言いようがない」と呆れています。

これ、今のスポーツ雑誌で例えるなら、大リーガー列伝みたいな企画で
「イチローの打撃」

イチロウの移籍」

「川崎宗則について」

川崎宗矩とイチローの仲」
みたいな、誤字が記事タイトルに入った記事が連続で目次に出ているような状態です。
本気でこの三人は編集学校にでも入り直すべきだったと思います。しかもやらかしている五名が無名の人物ならともかく、スブタイと石抹也先は両方共、チンギスハーンの配下の中ではイチローや川崎レベルの大物武将ですから救えません。おまけに石抹也先の子孫の石抹宜孫は元の武将で、朱元璋と斬り合った人なんですね。朱元璋と一緒に戦っていた宋濂にとっては元ライバルなわけです。君たちはあれか、元ライバルのご先祖様のことも勘違いするのか。

モンゴル史の大家で、杉山正明氏も尊敬しておられる清の銭大キンになると、もうお手上げ状態という感じで
あきれ果てていますね。

「古今、元史ほど早く出来上がった史書は存在しないが、
文章が下手くそなことも元史の右に出るものはない。

編集責任者の宋濂・王禕は所詮は歌詠みで歴史学者ではない、
その他の書いている連中はズブの素人ばかりだ。バカで歴史を知らない連中ばかりだ。
具体的に言えば、
 モンゴル帝国建国の四人の傑人を記しているのに、ナントその一人チラウンの列伝がない。
元の諸侯国は数家しかなかったのに、一国、列伝が抜けている。
元の宰相(首相)五九名中、列伝が立っているのは半分もない。
(中略)
本紀は一つのことを何度も書き、
列伝は重複している有様だ。
宰相の表に苗字だけの人もいれば、
諸王の表に王名だけで姓名不詳の人もある。
ここまで構成がひどい上、間違いだらけのデタラメなものでは、
文章が上手い下手以前の問題でお話にならない」『十駕齋養新錄』より、意訳

まあ、銭大キンはこのようにあきれ果てて、『元朝秘史』やモンゴル時代の石碑の碑文研究に打ち込んでいくわけですが(『元史訳文訂補』に、銭大キンが『元朝秘史』を宮中で発見したことからモンゴル史の研究が盛んになったと序文にあります)、いかに元史がひどいかは学界でも定評があるのです。

・なぜ、ひどくなったのか
まあぶっちゃけていえば、元史は「元は滅んで明になったよ!だから明が歴史書を書いたよ!」という
対外的なアピールのために出来ているわけで、わずか一年足らずという異常な速さでものすごく出来の悪い
歴史書を書いたわけです。そのころ実は元王朝は滅亡どころか、普通に国として存続していました。
元史が完成した1369年、明はわずかに元王朝の2つ目の首都・上都城を落とした程度で、
元の恵宗皇帝・トゴン・テムルは内蒙古の応昌府でがんばっていました。明は恵宗皇帝が翌年崩御すると、
勝手に「明に降伏した皇帝」ということで順帝という諡をでっちあげてしまうのですが、別に元は明に
降伏などせず、歴史上北元という王朝としてずっと存続します。

トゴン・テムル・ハーン(廟号は恵宗)が1370年に死去すると、明はトゴン・テムルに「天意に順じ明に帝位を譲った」という意味の順帝という諡号を贈り、トゴン・テムルに代わってハーンに即位したアユルシリダラ(昭宗)を「故元太子」と呼んで元の皇帝と認めなかった。しかし明の主張の一方で、元(北元)は依然としてモンゴル高原の遊牧勢力の君主として強大な軍事力を持っており、1372年には明がモンゴル高原に送った北伐軍を撃退した。
この時点で元(北元)の勢力は中国の北方から甘粛、雲南まで維持しており、江南と華北をようやく制覇したに過ぎない明を取り囲むようにして南北に対峙していた。

(ウィキペディア「北元」の項目より)

そんな状況ですから、元史は内容云々よりも外見の体裁さえ歴史書っぽければそれでよかったわけですね。
まあ、今の中国の「中華パッド」みたいな電化製品同様、
「外見のガワだけは日本や欧米のメーカー品をパクっていてなかなかのものだが、
中の機能たるやメチャメチャ」
という状況を、ズブの素人をかき集めた人海戦術で創りあげており、まあ、明王朝って今の中国の
プロトタイプなんだよなあー、と思わず納得しちゃうわけですよ。

元史がひどすぎる!思わず吉牛コピペを思い出しちゃったよ

昨日、近所の神保町で小林高四郎訳の『元史』(明徳出版社・中国古典新書シリーズ)買ったんです。『元史』
チンギスハーン(元の太祖)に始まる中国元王朝について書かれた歴史書(正史)。二十四史の一。明王朝の編纂、編集責任者は宋濂(そうれん)らですね。
そしたらなんか文章がめちゃくちゃ下手くそで読んでいてつまんないんです。
で、よく見たらなんか小林先生が鬼のように注釈付けてて、「これについては「元朝秘史」が詳しい」「清朝考証学者は元朝秘史が正しく『元史』は誤っていると主張している」「『元史』は元朝秘史を簡略にしすぎてわけがわからなくなっている」、とか書いてあるんです。
清朝考証学の大家・銭大昕先生なんかブチ切れてて、「これは中国史上最悪の正史だ」とまでいってるわけです。
もうね、『元史』の編者宋濂は、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、野史、物語にすぎない「元朝秘史」に、中国様の文明の精華というべき正史がボロ負けしてどうするんですか、ボケが。
わけがわからなくなっている、史上最悪とか書かれて悔しくないのか、明王朝。
なんかスブタイ(スブタじゃないぞ)の列伝が2つもあるし。モンゴルの武将はクローン人間か。おめでてーな。
チンギスハーンの血沸き肉踊る活躍が砂を噛むようにつまらなくなってるの。もう見てらんない。
お前らな、恥ずかしいから正史の座から外れろと。
中国の正史ってのはな、もっと面白くなっているべきなんだよ。
お前は本当に歴史を編みたかったのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、元王朝が取っていた古文書をコピペしてルーチンワークでまとめただけで、暴君・朱元璋からやれっていわれたからやってただけって言いたいだけちゃうんかと。
とにかく面白く無いので素人にも玄人にも万人問わずお薦め出来ない。
まあ、普通の方は、井上のやっさん、じゃねえや、井上靖の『蒼き狼』とか読んでれば別にOKってこった。
プロフィール

松平俊介

Author:松平俊介
松平俊介(まつだいら・しゅんすけ)
雑誌ライターやwebディレクターをしております。webデザインからwebマーケティング、ライターまで何でもやっております。これまでに色々なプロモーションを手がけて参りました。過去には週刊SPA!等に関わっておりましたが、現在は「連載JP」(東京産業新聞社)や、neverまとめ(NHNジャパン)を中心に執筆しております。
趣味は街歩きと歴史研究です。

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